いまや脱温暖化・脱炭素化は、誰もが信奉すべき「正義のイデオロギー」となっていますが、本書は、温暖化や脱炭素化を巡る事実関係や言説を、極力客観的に問い直す内容となっています。
著者は、ネット論壇「アゴラ」の主催者にしてインフルエンサーとしても知られる池田信夫氏。歯に衣着せぬ主張で知られる同氏の明確な主張が冴え渡る一冊です。
とはいえ、本書のスタンスはトランプのような「温暖化否定論」ではありません。温暖化が起こっていることは認めた上で、その原因を考え、対策の費用対効果を考える「温暖化対策懐疑論」です。温暖化じたいは認めた上で、それが「人類の破滅をもたらす」といった類の悲観論を疑うとともに、「人間が気候を変えられるし、変えるべきである」という楽観論・人間中心主義を疑います。
本書の考え方の筋道をざっと言うと、以下のようになります。
①そもそも、地球は温暖化しているのか?
②温暖化しているとして、それは「悪いこと」なのか?
③仮に悪いことだとして、それは「人間の活動」が理由なのか?
④人間の活動が理由だとして、それは本当に「人間の意思で止められるもの」なのか?
それぞれの答えを大雑把に言うと、
①温暖化はしている。ただし、近年の温暖化は、ヒートアイランド現象によると見られる部分が大きく、かなり誇張されている可能性がある。
②「悪いこと」とは言えない。少なくとも、温暖化によって死亡率は下がり、寒冷地の農業生産は上がり、快適な気温の土地の総量は増える。そのメリットと、温暖化による水位の上昇、異常気象の増加などのデメリットを天秤にかけたら、「デメリット」に問答無用で傾く、とはとても言えない。
③人間の活動が影響している可能性はあるが、それは「僅かなもの」である。地球はこれまでも、温暖期と寒冷期を繰り返してきた。地球の気温への影響は、人間の活動よりも天体の活動の方が圧倒的に大きい。
④本気になれば人間の活動で多少は気温の上昇をユルくすることはできるかも知れないが、「気温を下げる」ことは不可能である。そもそも「コスパ」が悪すぎて話にならない。
「温暖化は人類存亡の危機なのでコスパなんか考えるべきではない」という人もいますが、国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が予想している3℃前後の温暖化で、「人類の生存が脅かされる」ことはありえません。憂慮すべきはむしろ、政策資源が温暖化対策に片寄ることで、感染症や食糧危機などの生命にかかわる問題への開発援助が減っていることです。
また、先進国の教条的な「脱炭素政策」によって、人々の生活を確実に向上させることになる途上国での火力発電計画に横やりが入るなどの事例が出ていますが(有名な事例は、住友商事が参画していたバングラデシュの火力発電への日本政府支援の打ち切り。これを決めたのは小泉進次郎環境大臣)、これは「快適な環境を守る」「人々の環境を改善する」ことが本来の目的のはずの環境保護の理念にも反しているので、本末転倒と言えます。「脱炭素」を絶対視せず、温暖化の事実を受け入れ、「適応策」を積み上げていくことの方が、途上国も含めた人間環境の改善にずっと資するはずなのです。
もう少し実務的なレベルでも、脱炭素化論議には「無理筋」の話が少なくありません。
例えば、日本はエネルギー基本計画で2030年に再生可能エネルギーを36~38%にする目標を掲げていますが(現状は20%強)、恐らく政府で政策を作っている当事者やエネルギー業界の当事者を含めて、それが本当に可能であると考えている人はほとんどいないのではないでしょうか?
そもそも、「脱炭素イデオロギー」を絶対視して、日本国中の山林を切りまくり、太陽光パネルを敷き詰めて、土壌汚染と土壌崩壊のリスクを高めまくることが「環境にやさしい」とはとても言えません。しかも、これから太陽光パネルの「大量廃棄時代」がやってきます。太陽光パネルは製造プロセスだけでなく、廃棄プロセスでも大量のCO2が発生します。加えて再エネの電力は高い固定価格で買い取られるため、その上乗せ分は日本の電力消費者が再エネ賦課金を支払って負担しています。
ついでに言えば、太陽光パネルはほとんどが中国産。つまり、「日本の消費者の金で」「基本的人権の保障されていない中国をもうけさせ」「日本の環境を悪化させている」のが、再エネの実態なのです。
脱温暖化・脱炭素化をめぐっては、かくも理屈に合わないおかしな事態があちこちで発生しています。
とはいえ、国連事務総長が「地球は沸騰している」と言い、カーボンニュートラルが「いいこと」として日々報じられ、ビジネスマンがみんな読んでいる日経新聞も脱炭素化を激押ししている状態ですから、こうした議論もなかなか素直には耳に入らないかも知れません。しかし、少し冷静になって、事実関係と議論の筋道を振り返ったら、脱炭素化にはいろいろな問題があることに気付くでしょう。本書がその一助となれば幸いです。
本文は176頁とコンパクト。図表もたくさん盛り込んでおり、内容は濃いですが、手軽に読めます。
■書籍内容
地球が温暖化しているのは事実だが、果たしてそれは「人間の活動」が原因なのか。そもそも温暖化は「悪いこと」なのか。悪いことだとして、それを止めるための手段は本当に脱炭素化が相応しいのか。科学的データは、そうした問いにいずれも「イエス」の答えを返さない。いま必要なのは、脱炭素化をイデオロギーから解放し、「適応策」を積み重ねていくことである。硬直的な脱炭素化推進に一石を投じる論争の書。
■著者紹介:池田信夫(いけだ のぶお)
株式会社アゴラ研究所代表取締役、経済学者。一九五三年京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHKに勤務。国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て現職。学術博士(慶應義塾大学)。著者に『電波利権』などがある。
■書籍データ
【タイトル】脱炭素化は地球を救うか
【著者名】池田信夫
【発売日】8月19日
【造本】新書
【本体定価】924円(税込)
【ISBN】978-4106110542
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