「どうして犬たちを連れて帰って来なかったんだ」日本中に悲しみの声があふれた。昭和32年、国民の期待を背負って南極大陸に上陸し、翌年帰国した観測隊員たちは押し黙るしかなかった。残された犬たちの運命は――
物語は北海道稚内で生まれた3匹のカラフト犬の赤ちゃんから始まる。後に有名となるタロとジロ、そしてサブロだ。そう、タロとジロには弟がいたのだ。タロたち子犬に寄り添っていたのは、南極の犬ゾリ隊で“リーダー”を務めることになるリキだった。サブロは南極に行く前に病気で命を落としてしまう。
タロとジロはすくすくと育ちながら、先輩の犬たちといっしょに南極観測船『宗谷』に乗って南極へ旅立った。このとき安全祈願も兼ねて1匹の三毛猫も同乗していた。「たけし」と名付けられた猫はオスだが、隊員たちのアイドル。甲板で寝そべるカラー写真はなんとも可愛い。
無事に南極に辿り着いた観測隊が突貫工事で建てた拠点が「昭和基地」。まさに昭和時代を象徴する名前だ。当時はもちろん雪上車も持ち込んでいたが、氷と雪で覆われた南極では、犬ゾリ隊のほうが安全な移動手段として期待されていたのだ。
越冬隊の困難なミッションのため、タロとジロは犬ゾリ隊の一員として大活躍する。何日もかけて観測の「旅行」に出かけ、隊員と機器や食料をのせたソリを引いて走り続けた。カラフト犬たちは吹雪の中で寝てもへっちゃら。ある観測旅行の時には行方不明になってしまう犬もいた。
そして、第一次観測隊と第二次観測隊が交代するときに、氷の海に阻まれ『宗谷』が昭和基地のある島に接岸できなくなる事態が発生する。何日も悪天候が続き、ヘリコプターで食料などの輸送もままならず、越冬隊の派遣を断念するなかで、悲劇は起きた……。
児童書なので犬たちが主役だが、やむにやまれなかった人間の心の動きも見逃せない。また、物語だけでなく、欄外には「南極まめ知識」も載っていて、子供たちには科学や地理の知識も楽しめる。
また、今回の再リニューアルでは、カラー口絵8ページが加わって、当時の南極と犬たちの表情もリアルに分かるようになった。
令和の今、日本のシンボルタワーは東京スカイツリーだが、昭和は東京タワー。その東京タワーのふもとに、南極に置き去りにされた15頭のカラフト犬たちのブロンズ像が、東京タワーが完成した翌年の昭和34年に建てられた(現在は立川市の国立極地研究所に移設)。極地研究所も訪ねてみると、南極大陸と南極の物語をより一層楽しめる。
先月末にNHK・BSで故・高倉健主演の『南極物語 公開30周年記念リマスター版』が放送され、人気は今も健在。平成23年には木村拓哉主演のTBS連続テレビドラマ『南極大陸』も放映。昭和と平成時代の大スターが起用され話題になるほど、南極観測隊と犬ゾリ隊の犬たちの話は、日本人の心を惹きつけてやまない。そこには人間と犬たちの心のドラマがあるからだ。御代替わりで令和となった今にも、世代を超えて忘れてはいけない実話として記憶され続けている。
本書は2020年に刊行した『南極犬物語〈新装版〉』を再び新装のうえ並製を上製本にしてカラー口絵を加えた改訂版です。
・著者プロフィール
綾野まさる(あやの・まさる)
1944年、富山県生まれ。
67年、日本コロムビア入社。5年間のサラリーマン生活後、フリーのライターに。特にいのちの尊厳に焦点をあてたノンフィクション分野で執筆。
94年、第2回盲導犬サーブ記念文学賞受賞。主な作品に「いのちのあさがお」「いのちの作文」「帰ってきたジロー」「ハチ公物語〈新装版〉」「INORI」(いずれもハート出版)、「900回のありがとう」(ポプラ社)、「君をわすれない」(小学館)ほか多数。
・書籍情報
書名:南極犬物語〈新装改訂版〉
著者:綾野まさる
仕様:A5判上製・160ページ
ISBN:978-4-8024-0187-6
発売:2024.12.03
本体:1,600円(税別)
発行:ハート出版